今日はしんみりしています。

 朝の祈祷会の後、故O先生の話になりました。O先生の夫人Hさんが、東部中会の交わり誌の中にあった、先生を偲ぶ文章のコピーを持ってきて下さったからです。O先生は牧師引退の後、高蔵寺教会と私を助けようと思って、当教会に転入してくださいました。ところが数年して、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症されました。

 O先生は病気になった後も、持ち前のユーモアを発揮しながら、信仰者としての生涯を走り通されました。いや、信仰者というよりも、牧者としての生涯を最後まで貫き通されたというほうが正確です。不自由な体になっても、伝道者であり続けられました。そしてご自身の葬儀の折には、O先生から受洗した方で遠方から駆け付けた方もありました。最後まで、牧会者であったと思わされました。

 そして今も、先生を偲ぶ方が各地におられて、今日はその一端である文章を拝見したわけです。祈祷会後でもあり、会員もいますので、私はその場では何気ない風を装いまいした。しかしHさんが帰るとき、駐車場まで同行してしばしO先生を偲んで話をさせていただきました。改めて、大きな存在を失ったことにショックを受けております。

 今日は恵みの証しというよりは、しんみりとしてしまうのでした。