敵を愛す?!

 「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」(マタイによる福音書5章44節)とイエス・キリストは言われます。これがどれほど難しいことか、考えるまでもないでしょう。このようなことが出来ない私は、罪人だと言わざるを得ません。

 イエス・キリストの言葉は時に厳しく、私たちに迫ってきます。キリストの言葉が真に迫ってくるのは、このような言葉を語られる方は、その言葉を裏切ることなく、ご自身の言葉の通りに生きられたからです。世界を見渡しても、イエス・キリストだけが神の前に正しい人、義なる方と言わなければなりません。

 では、敵を愛することのできない私は神の前に罪人であって、どうしようもないのでしょうか。

 自力で救いを得ようとするなら、望みはありません。しかしイエス・キリストの言葉を真に受け止めるなら、私たちは救いを見出すことが出来ます。キリストの厳しい言葉は私たちを罪に定めつつ、その罪からの救いを目指して語られているからです。

 敵を愛する愛に欠けている私を、しかしイエス・キリストは愛してくださいます。罪に悩む者の弱さ、悲しみをこの方はご存知だからです。そして私の罪も弱さも愚かさも一手に引き受けて、十字架にかかってくださいました。自分が罪人であるということを、イエス・キリストのゆえに恐れなく受け止めることが出来ます。「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」と言われた方は、長らく神の敵であった私を愛し、私のために祈ってくださったのです。今はただ、罪も愚かさも全て、イエス・キリストのゆえに解決済みです。